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名古屋高等裁判所 昭和51年(行コ)10号 判決 1976年10月18日

愛知県小牧市大字大草四六九〇番地

控訴人 西尾和明

<ほか五名>

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 野島達雄

同 大道寺徹也

同 打田正俊

同 在間正史

同 山本秀師

同 平野保

同 伊神喜弘

愛知県小牧市大字池の内二二九七番地

補助参加人 伊藤市太郎

名古屋市昭和区高峯町一三三番地の一九

被控訴人 桑原幹根

右訴訟代理人弁護士 佐治良三

同 太田耕治

同 後藤武夫

同 大山薫

同 建守徹

名古屋市中区三の丸三丁目一番二号

参加人 愛知県知事 仲谷義明

右訴訟代理人弁護士 水野祐一

右指定代理人 服部顕雄

<ほか六名>

右当事者間の愛知県に代位して行う損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

本件を名古屋地方裁判所に差戻す。

事実

控訴人らは、主文第一、二項同旨の判決を求め、被控訴人及び参加人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

控訴人らの請求の趣旨及び原因は原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

一  本訴は、控訴人らが地方自治法二四二条の二第一項四号により愛知県に代位し、被控訴人に対し損害賠償の請求をなすものであり、住民訴訟に属すること、訴状に貼用すべき印紙額につき、原審は、本訴は財産権上の請求であり、その訴額は、第三者の訴訟担当の場合として、当該地方公共団体の受ける利益、すなわち請求金額を基準として算定すべきものとなし、従って請求金額八億四八〇九万七三七二円に対する印紙額四二四万三四〇〇円につき控訴人らに対し、昭和五一年五月二六日に既貼分三三五〇円を控除した不足額四二四万五〇円の印紙を一四日以内に追貼するように命ずる追貼命令を発し、これに応じないことを理由に、本訴を不適法として却下したこと、以上の事実は本件記録上明らかである。

二  よって按ずるに、地方自治法第二四二条第一項の規定に基づく住民訴訟は、地方自治体の財務会計に関する違法な状態の発生を防止し、または、これを是正する目的のもとに、実質上の被害者ともいうべき住民に認められた訴えであり、その請求特に本件のような同条第一項四号による代位請求訴訟(以下四号請求訴訟という)は、請求自体からして明らかに民事訴訟費用等に関する法律第四条にいう財産権上の請求であると解される。

次に、訴額の算定については、民事訴訟費用等に関する法律第四条一項、民事訴訟法二二条一項により、訴訟の目的の価額(訴額)は訴を以って主張する利益により決定されるところ、四号請求訴訟の勝訴判決により直接利益を受けるのは、実体的な紛争利益の帰属主体である当該地方自治体であるが、当裁判所は、後に詳述するように、四号請求訴訟の特異性からして、通常の代位訴訟とは異なり、実質的に見て実体的な紛争利益の終局的な帰属主体を原告たる住民を含む全住民と解し、従って原告たる住民が受ける利益は、全住民との関係で考慮されなければならず、またその利益の性質自体に照らしても、これを金額で表示することは甚だ困難であるから、訴額は算定不能と解する。

もっとも、これに対し住民訴訟が商法上の株主代表訴訟と同一類型に属し、第三者の訴訟担当の場合に該当することを理由に、実体的な紛争利益の帰属主体である地方自治体の受ける利益を以って訴額算定の対象となすべきであるとの見解が存する。

たしかに、四号請求訴訟は、法文の規定上商法の株主代表訴訟と同じ考え方の下に、地方自治体が実体上有する請求権の行使を怠っているとき、住民が当該地方自治体に代位して、右実体上の請求権に基づいて訴提起をするという構造となっており、且つ、右四号請求訴訟の勝訴判決の既判力及び執行力は当該地方自治体に及ぶのであるから、これらの点からすれば、四号請求訴訟も株主代表訴訟と等しく第三者の訴訟担当者の提起する訴えとして、実体的な紛争利益の帰属主体である地方自治体の受ける利益を以って訴額算定の対象とすべきであるとの前記見解は、相当な理由があると考えられる。

しかしながら、住民訴訟は、住民に直接参政の一手段として地方自治体の財務会計の適正を期せしめる目的をもって法が特に認めたものであり、選挙訴訟と並んで民衆訴訟の性質を有し、従ってまた法規維持を目的とする客観訴訟の性格をも有すること、四号請求訴訟が代位請求の構造をとったのは、訴訟技術的理由によるものであり、実体的な紛争利益の終局的な帰属主体は、これを実質的に見ると原告たる住民を含む当該地方自治体の全住民であるといえること、もし地方自治体の受ける利益を基準として訴額を算定すると、それは通常高額となるが、株主代表訴訟の場合に比し、被代位者である地方公共団体との間に密接な経済的利害関係を有していない住民に多額の負担を強いることになり、場合によっては、出訴の途をとざす結果になりかねないこと(訴訟救助制度は敗訴の場合を救済できない。)、地方自治法第二四二条第一項中四号請求訴訟以外の他の各号請求訴訟中には、その請求の性質上地方自治体の受ける利益を基準として算定することは困難な場合が多いと考えられるが、これら各請求訴訟と四号請求訴訟との間に訴額算定上の不均衡が生ずることは、住民訴訟の目的がどの形態の請求についても同一であることを考えると不合理であること、等を勘案すると、四号請求訴訟は、株主代表訴訟と同一類型に属し、第三者の訴訟担当者の提起する訴えに該当するものの、それは訴訟技術上のものにすぎず、住民訴訟の前記のような立法趣旨、性格に照らし、住民たる原告の受ける利益(それは算定不能であること前記のとおり)を基準として訴額を算定するのが相当である。

三  従って、控訴人らが訴額算定不能の場合の法定の印紙額三三五〇円を既に貼付していることは前記のとおりであるから、本訴には印紙額の不足は存しないというべきである。

これと異る見解に立ち、補正命令に応じないことを理由に本訴を不適法として却下した原判決は失当であるからこれを取り消し、本件を名古屋地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 松本武 裁判官 菅本宣太郎)

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